Q:全身麻酔で自発呼吸を温存するメリットは?

A:全身麻酔であっても、必ずしもいつも人工呼吸を行う必要はない。手術の部位や種類によって、人工呼吸が必要な場合もあれば、必ずしも人工呼吸は必要なく、自発呼吸を温存しながら全身麻酔を行うこともできる。

通常、手術の部位や種類として開腹や開胸の必要がある場合には、筋弛緩薬を持続、あるいは間欠投与して、自発呼吸の出現を抑制する必要があり、その場合には、人工呼吸が必須となる。しかし、四肢末梢の手術や体表の手術、下腹部以下の手術の場合には、必ずしも筋弛緩薬の全身投与は必要なく、脊椎麻酔や神経ブロックによる下半身や上肢の不動化・筋弛緩や、硬膜外麻酔による鎮痛によって、鎮静剤や鎮痛剤を適量使用すれば、自発呼吸を温存しながら全身麻酔を行うことができる。

このような自発呼吸を残したままの全身麻酔には、どういうメリットがあるであろうか?

【筋弛緩薬が不必要】
1つは、筋弛緩薬を使用しないので、筋弛緩状態を維持したり、管理する必要がない。全身麻酔の維持中に筋弛緩モニターを使用する必要もなければ、また、麻酔終了時に筋弛緩薬の拮抗薬(あるいは筋弛緩回復薬)の使用を考慮する必要もない。全身麻酔からの回復過程における筋弛緩からの回復というステップを省略することができる。

【人工呼吸が不必要】
2つ目は、筋弛緩薬の使用と関連するが、自発呼吸が温存されているので、人工呼吸を行う必要がない。したがって、人工呼吸器の設定(一回換気量や呼吸回数、人工呼吸モードの設定)を行う必要がない。

【鋭敏な疼痛モニターの利用】
3つ目は、「自発呼吸」という循環パラメータよりも鋭敏な「疼痛モニター」が使用できる点である。現在、鎮静度と筋弛緩度のモニターとしては、それぞれ BIS モニターだったり、TOF モニターという標準的なモニターが広く臨床で使用されているが、全身麻酔の 3 要素のうち、「鎮静」「筋弛緩」以外の残る要素である「鎮痛」に関するモニター、つまり「疼痛モニター」としては、各社が鋭意開発中であるものの、いまだ標準的なモニターが存在しない。

生体に侵害刺激が加わった際には、交感神経系の活性化を介して、循環系においては心拍数の増加や血圧の上昇が認められるが、実は、これらのパラメータの変化よりも呼吸器系における一回換気量や呼吸数の変化の方が早く出現する。痛み刺激が察知されると、いわゆる「呼吸促迫」が起こるのである。

最も効果的な鎮痛薬であるモルヒネやフェンタニルを代表とするオピオイドには、鎮痛作用を超える濃度では呼吸抑制作用がある。痛み刺激に対して呼吸が促迫した時に、オピオイドを投与するとその鎮痛作用によって呼吸促迫が収まってくる。オピオイドの呼吸抑制作用によって、通常の安静時よりも呼吸数が少ない状態では、当然のことながら、オピオイドの十分な鎮痛作用が発揮されている。

自発呼吸を温存した状態では、呼吸数という疼痛モニターを使用して、呼吸数がやや少なめになるように、フェンタニルなどオピオイドを少量ずつ追加投与して、投与量の調節を簡単に行える。

執刀前(つまり、これから侵害刺激が加わる)には、呼吸数が 10 回以下になるようにフェンタニルを少量分割投与しておく。侵害刺激が加わった後に、呼吸数が増加していき、安静時の呼吸数を超える(通常は、15 回以上)になるようであれば、数分間隔で、フェンタニルを少量ずつ追加投与していく。呼吸数が 10 ~ 15 回/分で維持できるように、以後もフェンタニルを追加投与していく。

このように麻酔維持を行って、呼吸数がやや少なめの状態で麻酔から覚醒させると、ほとんどの患者は、「痛みがありますか?」という問いに対して「痛くないです」と答えてくれる。

【全身麻酔からの早期回復】
4つ目のメリットしては、経験的に、人工呼吸下に全身麻酔を行った場合よりも、麻酔からの開腹時間が短時間で済む。この理由としては、いくつか考えられる。自発呼吸が温存されている場合には、自発呼吸をトリガーするだけの十分な二酸化炭素の濃度が確保できている点が考えられる。人工呼吸の場合には、呼吸器設定は、やや過換気になるようにするのが通常なので、麻酔から覚醒させる過程で、二酸化炭素濃度を上昇させる必要があり、自発呼吸が温存されている場合に比べて、この時間が余分にかかる。

また、自発呼吸が温存されている場合、脳と呼吸器系の「呼吸トリガー回路」がすでに回復済みなので、この回路を再活性化させる必要がない。


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