Q:妊婦は気管挿管が困難になることが多いのはなぜか?

呼吸が苦しそうな妊婦のイラスト.pngA:Difficult Airway Society(DAS)がまとめたガイドライン(例:Henderson et al., Anaesthesia 2004)では、直接喉頭鏡視下での挿管に関して以下のような数値が示されています。
【参考文献】
Henderson JJ, Popat M, Latto IP, Pearce AC. Difficult Airway Society guidelines for management of the unanticipated difficult intubation. Anaesthesia. 2004;59(7):675-694. doi:10.1111/j.1365-2044.2004.03831.x.

一般成人(非妊娠状態)では、
・手術室(Elective環境)では、Cormack‐Lehane グレード 3 の発生率は約 0.8~7.0%、グレード 4 は約0 .1~3.2%と報告されています。
・また、3 回以上の試行が必要となる(=挿管困難とみなされる)症例は、約 0.9~1.9% 程度とされています。
・実際に「挿管不能」(最大 3 回の試行で挿管できない場合)の発生率は、待機的手術では非常に低く、概ね 0.1% 以下とされています。
これに対して、妊婦では、
・DASガイドラインによれば、産科(Obstetrics)の場合、Cormack‐Lehane グレード3の発生率は約 1.7~3.6%、グレード 4 は約 0.1~0.6% と示されています。
・これらの数字から、妊婦における挿管困難は一般成人よりも高い傾向にあり、挿管不能の発生率は一般成人で約 0.1% 以下に対し、産婦では約 0.3~1% 程度と推定されることが文献から示唆されています。

妊婦が気管挿管で困難を伴うことが多い理由は、妊娠による解剖学的および生理学的な変化が気道管理に影響を与えるためです。以下に主な要因を説明します。

1. 気道の解剖学的変化
・軟部組織の浮腫
妊娠中は血液量の増加やホルモン(特にエストロゲン)の影響で、上気道の粘膜が腫れやすくなり、声門や咽頭の視認性が悪化します。
・体重増加と脂肪分布の変化
頚部や咽頭周囲の脂肪の増加により、喉頭鏡の操作が難しくなります。

2. ホルモンによる影響
・エストロゲンやプロゲステロンの影響で血管透過性が増加し、気道の腫脹や浮腫が生じやすくなります。
・このため、声門や咽頭の構造が狭くなり、挿管困難のリスクが上昇します。

3. 胃内容物の逆流リスク増加
・妊娠に伴う胃食道逆流
妊娠中は、子宮の拡大により胃が圧迫され、胃内容物が食道に逆流しやすくなります。また、ホルモンの影響で下部食道括約筋が弛緩します。
・これにより、喉頭挿管中に胃内容物が気道に誤嚥するリスクが高まり、迅速かつ正確な挿管が求められます。

4. 酸素需要と予備能の変化
・妊婦は胎児への酸素供給を維持するために酸素消費量が増加しており、さらに機能的残気量(FRC)が減少しています。
・これにより、酸素の予備能が低下し、低酸素状態に陥るまでの時間が短縮されます。迅速かつ効率的な気管挿管が特に重要です。

5. 予想外の困難に対する準備不足
・妊娠中の挿管困難のリスクを過小評価すると、適切な器具(ビデオ喉頭鏡やエアウェイなど)の準備が不足する場合があります。

臨床的注意点
妊婦の気管挿管には以下の配慮が必要です:
1. チューブサイズの選択:気道浮腫を考慮し、サイズの小さいチューブを準備する。
2. 迅速導入:逆流と誤嚥を防ぐため、迅速導入(Rapid Sequence Induction, RSI)を実施。
3. 代替法の準備:ビデオ喉頭鏡やエアウェイを用意しておく。

これらの対応により、妊婦の挿管困難に対するリスクを軽減できます。

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