Q:日本で無痛分娩が普及しないのはなぜか?

海外では無痛分娩が「妊婦の選択肢の一つ」として標準化されているのに対し、日本ではまだ特別なものと見なされる傾向があります。日本で無痛分娩(硬膜外麻酔分娩)が欧米などに比べて広がらない背景には、主に以下の 4 つの要因が挙げられます。
1.文化的・価値観の問題
日本では、「おなかを痛めて産むことが母性愛を深める」といった伝統的な価値観が根強く残っています。この考え方から、無痛分娩に対して「自然ではない」「母親としての試練を避けるもの」といった偏見や誤解が生じています。例えば、朝日新聞の記事「海外と比べて広がらぬ無痛分娩 『おなかを痛めて…』が映す価値観」では、こうした価値観が無痛分娩の普及を妨げる一因として指摘されています。このような文化的背景は、妊婦自身や家族が無痛分娩を選択することへの心理的ハードルを高めています。
2.高い自己負担費用
無痛分娩は自然分娩に比べて費用が高額であることも、普及が進まない要因です。無痛分娩は日本では保険適用外の自由診療であり、手技料や麻酔管理料を含めると1回あたり約 15 万~ 20 万円前後の費用がかかるケースが一般的です。しかし、都道府県や国の公的支援はこれまでほぼ皆無で、全額を自己負担しなければなりません。このため、「麻酔は受けたいが費用が高くて踏み切れない」という声が多く、実際に都の調査では約6割の出産経験者が無痛分娩を希望したものの、最大のハードルに「費用の高さ」を挙げています。読売新聞の記事「近年増加の無痛分娩、東京都が費用補助へ…妊婦の負担軽減し少子化対策につなげる狙い」や朝日新聞の「無痛分娩、安心して選べるように 都、最大10万円助成へ」によると、東京都が最大 10 万円の助成を始めるなど対策が講じられていますが、全国的な普及にはまだ時間がかかると考えられます。
3.医療体制・人材不足
無痛分娩を安全に実施するには、麻酔科医や経験豊富なスタッフによる24時間体制の管理が必要です。しかし日本では、産科領域を担当できる麻酔科医が全国的に不足しており、多くの診療所・産院で導入が困難な状況が続いています。また、法律や制度上の制約から、他職種による麻酔管理の権限付与も進んでおらず、体制整備に大きなハードルがあります。朝日新聞の記事では、「厚生労働省によると、全国の医師 32 万 7444 人を診療科別にみると麻酔科医は 1 万 350 人にとどまり、慢性的に不足している。」としています。
4.地域間・政策的格差
これまでは都道府県レベルでの助成や制度化がほとんど進んでおらず、無痛分娩の導入は医療機関の裁量に委ねられてきました。2025年度から東京都が全国で初めて、都内在住の妊婦を対象に出産時の無痛分娩費用を最大10万円助成する制度を打ち出しましたが、他の自治体では依然無支援のままです。こうした政策的フォローの遅れも、普及を妨げる一因となっています。
まとめ
日本で無痛分娩が広がりにくい背景には、文化的価値観、コスト負担、医療体制の制約、そして政策的支援の不足という複数の要因が絡み合っています。東京都の助成制度開始は大きな一歩ですが、全国的な普及にはより一層の制度整備や人材育成、そして「痛みへの価値観」を見直す社会的議論が求められます。
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